二日坊主娘

映画や本、音楽や人物などについて書くと思います。たぶん…。

ほどほどの人数の人が読んでくれるのが一番いい

こんばんは、春野早苗です。

 

お世話になっている、この【はてなブログ】、

投稿日時を変更できたり予約投稿できたりする機能があって

 

なんとなく、何時何分に投稿したか知られるのが嫌なので

基本的に、適当な日の0:00に投稿されるよう設定しています。

 

この、意味不明な秘密主義は一体なんなんでしょうか…。

 

誰しも持っているものなのでしょうか。

 

秘密主義的なエピソードの一つとして、高校の頃の話があります。

 

自分の好きな本を紹介する、という学校主催のイベントがありました。

 

私は

中学生の頃に読んだ、ある女流作家さんの小説がずっと一番好きで

その、オススメの本を紹介しようという高校のイベントの時もなお、

 

その本が一番好きでした。(実は今も変わっていません。)

 

でも、私は

「自分が本当に一番好きな本なんか、人前で発表できるわけないじゃない!」

と、謎の恥ずかしさを覚えました。

 

それで結局、三番目か四番目くらいに好きな本を

なんとも味気なく紹介しました。

 

なぜ一番オキニの本を紹介したくなかったと言うと

 

どの本が好きか分かってしまうと

その人の性格というか、趣味というか、嗜好というか

 

そういうものが、バレバレになるじゃないですか。

 

それ、超恥ずかしくないですか??????

 

ちなみに私は

人に好きな本を尋ねるのが好きです。

 

その人がどういうものを嗜好するのか見えるから。

 

でも自分のがバレルのは嫌、ってわけですね。

 

この書き方だと、私が好きな本がいかにもヘンテコな本のようですが

 

いや、その本自体はなんら恥ずかしい本ではないし

むしろ、本当に本当に魅力的な本なのです。

 

ただ、自分がどういうものに惹かれているのかバレル、ということが

 

恥ずかしいのです。

 

 

似たような現象は他の現場でも起こっていて

たとえば、数名で遊んでいたとして

 

その中で一番好きな人の近くではなく、さほど興味ない人の近くに居てしまう…

 

そういうことが、よくあるわけです。

 

これも、自分が誰を一番好きかバレルのが嫌だから。

 

(それと、これにはあと一つ理由があるんだけど

ここで書くことでもなさそうなので控えます。)

 

でもそれって、なんかちょっと勿体無いんじゃないかと思い始めたときがありました。

 

大げさな話をすると

いつまで生きていられるかわからない、限られた人生なのに

 

ただバレルのが恥ずかしい、という理由で

 

一番じゃなくて二番・三番を選び続けるのは勿体無いんじゃないかと。

 

時間は限られているわけだから

 

出来る限り、一番好き を選んでいこうと決めました。

 

それから半年くらい経ちましたけど、

一番好き、を選ぶようになった今のほうが、全然ここちいいです。

 

 

恥ずかしいのは変わりないですけどね。

 

このブログも、書きたいから書いているけど

あんまりたくさんの人に読まれるのは、やはり恥ずかしいので

 

少しの人たちが、明日には忘れるくらいの軽やかさで

読んでくれていたらいいなあと思います。

 

 

 

春野早苗