二日坊主娘

映画や本、音楽や人物などについて書くと思います。たぶん…。

エレファント・マン

エレファント・マン
(THE ELEPHANT MAN)


脚本 クリストファー・デヴォア

監督 デヴィッド・リンチ

出演 ジョン・メリック役 ジョン・ハート
   フレデリック・トリーヴス役 あんそにー・ホプキンス




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あらすじ

外見が醜いと言われたジョン・メリックという男性の半生を、
実話に基づいて描いた作品。

ジョンは、常識では考えられないほど変わった外見をしていた。

その外見故に、ジョンは一般的な生活をすることが出来ず、
サーカス(?)の見世物として人生を送っていた。

ジョンに人間としての権利は無く、
動物同然の扱いを受け続ける。

やがてジョンは、自分が人間であることも忘れる。

しかし、医師であるフレデリックと出会ったことにより
ジョンの人生は転機を迎えた。

フレデリックはジョンを引き取り、生活の手助けをする。

フレデリックの行為は偽善なのか、博愛なのか、それとも…。





感想


ジョンの姿が初めて露わになったとき、思わず目を背けた。

でもそれは、ジョンが醜かったからではない。

ジョンのような見た目をした何かを今まで見たことがなかったから、
びっくりしただけのことである。

なぜそう言い切れるかというと、
ジョンの外見にはすぐに慣れたからだ。

「うっ…」と思ったのも最初だけで、
外見についてはその後特別な感情を抱かなかった。

特に、ジョン自身が人間としての自覚を取り戻し始めてから(フレデリックと会話し始めてから)は、
ジョンはただの一人の人間として目に映った。


作中、ジョンを罵る人たちが出てくる。

その人たちはジョンを「エレファントマン」と呼び、
ジョンに暴言を浴びせるだの、無理やり酒を飲ませたり女とキスさせたりだの、、、
そういうシーンがある。

彼らは、
ジョンを醜い人間、あるいは動物のように扱うのだが、
醜いのは彼らの方だと心底感じた。

ジョンを罵りに来る人たちはみな、
心から楽しんだり悲しんだり愛したりが出来ずにいるように見えた。

おそらくジョンを罵る人たちは、
自らの人生にあまりにも真実味が感じられず、欲求不満というか、手持ち無沙汰というか、口寂しいというか、、、
そんな風なのだろうと思う。

彼らはそんな雰囲気をもっていた。


そして、そのポッカリ空いた穴を埋めるために、
何か強い刺激が必要で、
その強い刺激として、ジョンの外見はもってこいなのだ。

そしてそんなジョンを見下すことにより、
自分たちはこの人よりも価値があるのだ(あるいは、自分よりも価値のない人間がいるのだ)、
という歪んだ安堵感を抱くのだろう。


また、ジョンをサーカス(?)で雇っていた男はジョンに虐待しており、
そのシーンも見るに耐えないのだが…

彼は底知れない孤独を感じているのではないだうか、と思った。

始終、寂しそうであった。



また、
フレデリックに対して感じたことは

悠長ですねえ、ということ。

ジョン、ジョンを雇っていた男、ジョンを罵る人々は

みな、

自分のことで手一杯な印象だった。

だがフレデリックは

どこか余裕があった。

おそらく、「私は偽善者なのだろうか」
と悩む余裕のある人は

恵まれている人、富める人、豊かな人だと思う。



以上が、作中の人々に対する感想。


それ以外で感じたことは、

自分は何者なのだ、という強い意思がなければ

自分が何者であるのかは、他人により決められてしまう、ということ。

つまり、
ジョンが自分は人間なのだ、と自覚していなかった頃は

他人がジョンを「エレファントマン」と呼び

ジョンは本当にエレファントマンだった。

しかし、ジョンが自分は人間なのだ、と自覚した瞬間から

他人がジョンをどういう目で見ようとも、

ジョンはジョンだった。

少なくとも私にはそうだった。






まあ、一つ言えることは

お休み前の一作では決してないということ(笑)


寝れない・・・。


春野早苗