二日坊主娘

映画や本、音楽や人物などについて書くと思います。たぶん…。

戦争・安保・九条あたりに関する議論(?)に対して思うこと

小雨が気持ちいい朝を迎えた春野早苗です。

 

私の居るところでは、

 

しとしと雨が降る中で、

 

秋の虫が控えめに鳴いています。

 

風が涼しいです。

 

 

 

今日は、無知をさらすことになると思うので恥ずかしいのですが

 

戦争・安保・九条あたりに関する議論(?)に対して思うことを書きます。

 

 

今日は、戦争・安保・九条をそれぞれ具体的に見て私の立場を述べたり

 

関係性について述べたりするのではなく、

 

それらに関する議論に対して、ただ、思うことを書くにとどめます。

 

感想です。

 

 

 

 

まず何よりも思うのは、

 

総理大臣の安倍さんにしろ、

SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberty and Democracy - s)の奥田さんにしろ、

 

これだけ、人々の注目や数々の言葉を全身に浴びて、

 

よくボロボロにならないなあ…ということです。

 

もしかしてもうボロボロなんじゃないかなあ…とも。

 

 

 

私は、とても的外れで幼稚なことを思っているのかもしれないけど

 

一番思うのはそれなのです。

 

 

 

 

というのも、

 

これは議論じゃなくて罵り合いではないだろうか…

 

これは批判じゃなくて悪口ではないだろうか…

 

と感じることが、多々あるからです。

 

 

 

 

 

私には、自分の意見が絶対正しいという自信もなければ

 

自分とは逆の立場の意見が絶対誤っているという自信もない。

 

 

 

でも仮に、そういう自信があったとしても、

そしてなかったとしても、

 

 

やるべきは議論であって罵り合いではないだろう、と思う。

 

やるべきは批判であって悪口ではないだろう、と思う。

 

平和のために、互いが傷つけ合うのは筋違いだろう、と思う。

 

(ここで言う傷つけ合うとは、論理的に議論したり批判し合ったりすることではない。)

 

 

 

 

人それぞれ感じ方は違うので、

 

みんながみんな私のようではないのかもしれないと考えると、

 

罵られても、悪口を言われても、

 

平気な人がいるかもしれない。

 

でももしかしたら本当は、とても平気ではないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に思うのは、

 

何が本当で何が本当ではないのかを見極めるのは、

 

極めて大変なことだなあ、ということ。

 

 

 

 

幼稚で暢気なことを考えているのかもしれないけれど、

 

でも、率直な感想です。

 

 

 

それぞれの主張は、平和を望んでのものらしい。

 

 

しかしそれは本当だろうか。

 

ただの建前ではなかろうか。

 

 

誰もがみな平和を望んでいるというのは本当だろうか。

 

 

逆に、一部の人々は戦争を目論んでいるというのは本当だろうか。

 

 

何が本当なのか、私にはてんでわからない。

 

 

 

私がわからないのは、それだけではない。

 

その他にも細部にわたって、

 

あらゆることが分からない。

 

 

分からないから調べる。

 

調べても調べても、

 

そもそもその人が言っていることが本当なのかわからないから、

 

その本に書かれていることが本当なのかわからないから、

 

やっぱり分からない。

 

 

せいぜい私が分かるのは、

 

こういう考えの人も居れば、ああいう考えの人も居るのだ

 

ということだけ。

 

あの時代のあの出来事を、こういうふうに解釈する人も居れば

ああいうふうに解釈する人も居るのだ

 

ということだけ。

 

 

ではどちらが正しいのか、、、

 

私には本当に分からない。

 

 

なんだかどちらも、一理ある気がする。

 

 

 

実にフラフラしているが、

 

でも、その感覚こそが大切なのではないかと、

私は本気で思っている。

 

 

これが絶対的に正しいのだ!と盲目的になった瞬間に、

 

視野はグっと狭まり、

 

自分の考えは正しい=自分以外の考えは間違い

 

という思考に陥る危険性がある。

 

もしかしたら、

その思考こそが、人々を戦争に走らせるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

以上、ただの感想でした。

 

 

春野早苗