二日坊主娘

映画や本、音楽や人物などについて書くと思います。たぶん…。

みんなのせいだと思います

こんばんは。

腹筋を鍛えた結果
ろっ骨を痛めた春野早苗です。

でも気持ちいい。

痛いのって、イイヨネ。



とりとめナイトというラジオ番組を
昨年の七月からやっていて

その番組のテーマソングに

とりとめナイト テーマソング



「いつの間に好きになること忘れたのぼくら」

「今日は無邪気に愛しちゃってください」



っていうフレーズがあって、

まあ、私が書いたんですけど、笑



誰かと付き合ったり、ましてや結婚したりすると

相手以外の人を好きになったらだめって感じなんでしょうか。



好きにも色々あるから、
好きになっても良いかはどんな好きかの種類に因る、っていう意見もあるかと思うんですが、


「この人への好きは兄弟的なもの」
「この人への好きは恋愛的なもの」
「この人への好きはペットに対するようなもの」とかいうように、



そんなにハッキリ分けられるものなんでしょうか。



中学か高校あたりで出会った『つめたい夜に』という本に
「デューク」という作品がありました。


デュークに対する主人公の気持ちには、


ペットカワイイ~<3 って気持ちだけじゃなくて、

恋愛的な愛も家族的な愛も、

もっと言うとそういうものを超越した、定義しがたい愛が感じられました。



好きって、あやふやで不安定で、膨大で、未知で、変化するものなんじゃないの?



なのにみんなは、どう割り切っているのか。

どういう仕方で、「結婚」とか「交際」とか、自ら関係付けているのか。




そのへんが分からないので、モヤモヤしています。





ただ、これ(好きとは、あやふやで不安定で、膨大で、未知で、変化するものであるということ)は
もしかしたら核心的なことで

しかも掘り起こすと色々ヤバイ、みたいなことかもしれないとも思っていて、

だから、あんまり誰も本当のことを言ってないのかな、とも思います。




本当のことほど話せないですからねえ。







で、モヤモヤを抱えたまま、MOSAïQUESの即興芝居を観に行ったのですが


もう本当にイヤになりました。





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なんなの?あれ!素敵すぎるんですけど。


一人ひとりそれぞれが魅力的すぎてキモッ!


って気持ちになって、結果的に箸が転げても泣けるという状態になっていまいました。





そのあと久々に実家に帰ると、


年賀状の返信などでたくさん手紙が届いていて、



どれも愛にあふれていたのですが、


ありがとうすぎてキモ!って思うエネルギーももう残ってなくて


私はこのままだと愛におぼれて孤独な死を迎えるのではないか、と

疲労の中ただただ不安になりました。



幸か不幸か、今日まで生き延びています。





で、ある手紙の中に、

「毎日くたくたになるくらい楽しく生きよう」という一文がありました。


これだな、と思った。


ちょうど先週、
私がこの世で最も動物的だと思う女性と再会したことや

(その人に会うといつも、私は自分の理性の強さにうんざりする)



ちょうどいま、
江國香織さんの『思いわずらうことなく愉しく生きよ』を読み返していることなどもあり、


タイミングがぴったりと重なったと感じました。





私に、何かの細胞が足りないか
逆に何かの細胞が多いかで


愛情過多により死にそうとかいう意味不明な状態になってしまっているのかとも思いましたが


今のところの結論は、みんなのせいです。



私の細胞が多かったり少なかったりのせいではなく、

みんなが素敵すぎるせいですね。





ほんとそういうのやめてほしいです。

もっと乾いてくださいと思います。






ということで、

1/15(金)18:00から
若松商店街の環境コミュニティーセンター(福岡県北九州市若松区本町2-9-4)にてトークイベント的なゆるいイベントがあります。

そもそも談義というイベントです。


多分、「好き」とは何かというテーマで


人はなぜ、どのような仕方で「結婚」するのか、
また人はなぜ、どのような仕方で「交際」するのか、

そのへんのことについて

私とみなさんとでお喋りすることになります。


というか、

私がみなさんにお尋ねすることになると思います。





歌も歌うと思います。



良かったら遊びにいらしてください~♪


予約不要で入場無料だそうです。







春野早苗