二日坊主娘

映画や本、音楽や人物などについて書くと思います。たぶん…。

九州を中心とした震災を受けて思うこと

 久々にブログを書くので、

すっかり書き出し方を忘れてしまった春野早苗です。

 

今回、九州を中心に起きた一連の地震によって

様々なかたちで傷ついたすべてのみなさまへ、心よりお見舞い申し上げます。

 

 

個人のブログなので個人的なことを書きますが、

私にとって熊本は、

第二の故郷、いや、もしかすると故郷以上に故郷の場所ということもあり、

 

今回の震災を受けて、

 

被災地に居る愛する人たちのことを思い、

本当に文字通り、胸が引き裂かれています。

 

 

地震のとき実際にその場に居なかった身で

このようなことを口にしても良いものか分かりませんが、

私にとって今回の地震は全く、人事ではありません。

 

そして非常に情けないことに、

何をやっても手がつかず、数日は、家から外に出る気力も体力もありませんでした。

 

心だけでなく体も現地に持って行きたい、とも思いましたが、

様々なことを考慮し、

現地へ行くのはもう少し待ってから、という判断を私はしました。

 

 

 

いわゆる被災地と呼ばれている地域に居る人たちとやり取りをする中で、

 

その、いわゆる被災地と呼ばれている地域に居る人の中でも、

どのへんに居たのかとか、どんな家に住んでいたのかとか、情報を上手く入手できていたかそうでなかったか、また震災に慣れていたか慣れていなかったか、精神的にどのくらい繊細か、

などなどの条件によって、全く状況は異なるような印象を受けました。

 

 

また私の周りには、

当然のことながら、地震の起こった地域には縁の無い友人も多く居るので、

 

現地に居る人たちと、現地とは全く関係のない世界に居る人たちとの間にあるギャップも強く感じています。

 

そのギャップに、不快感とも不安とも違う、

言いようの無い違和感、心苦しさを抱いています。

 

 

そして私は、

いろいろな意味で、被災者でも全くの無関係者でもなく、

中途半端でどっちつかずな関係者、何かの中間に居ます。

 

個人的に正直なことを言うと、

その、中途半端でどっちつかずな立場に立っていることが非常にキツく感じ、

 

何かの板と何かの板に挟まれて息が苦しくてたまりません。

 

つい昨日までは、そういう気持ちになること自体に罪悪感がありました。

 

ケガひとつしていない自分なんかが傷つく権利など

どこにもないと思っていたからです。

 

 

でも、今回の放送をするにあたって取材を行う中で、

 

(あ。私はラジオ番組を仕事でやっているのですが。)

 

私と同じ立場にあり、似たように苦しんでいる方が多くいらっしゃるということを知りました。

 

 

自分よりも大変な状況にある人たちがいるのだから、

自分なんかは傷つく権利はない、こんなことで音を上げてはいけない、

 

そんなふうに思っていましたが、

 

そういうふうに自分を許さないということは、

自分と同じ立場にいるリスナーさんたちを許さないことと一緒ことだと気づきました。

 

そして、そんなことは絶対にしたくないと思いました。

 

 

被災地で苦しんでいるみなさん、

被災したあと震源から遠くへ逃れたみなさん、

被災地に大切な方がいるみなさん、

今回の震災は他人事のようにしか思えないみなさん、

 

誰一人、誰からも責められる権利はないし、

 

誰にも、誰一人責める権利もないのです。

 

 

もしご自身を責めていらっしゃるリスナーさんがいるとしたら、

それぞれのみなさんが、自分を許してくれますように。

 

もし傷つくことを許せないリスナーさんがいるとしたら、

傷つくことを許してあげられますように。

 

いったんきちんと傷ついて、それからゆっくり、立ち上がっていきましょう。

 

 

でも、もしも今は傷つくのがイヤなリスナーさんがいるとしたら、

今は傷ついていることから目をそらしてくれますように。

 

どんな状況であれ、自分で自分を許してくれますように。

 

 

 

冷静になって考えれば分かることですが、

そんな、中途半端でどっちつかずな私の立場だからこそ見えてくること、伝えられること、チカラになれることがあるに違いないので、

 

私はそういうことを、番組とともに模索しています。

 

 

 

金曜の夜はみんなで、

思いっきり泣いたり笑ったりしながら、1時間過ごしましょうね^^

 

 

お時間とお気持ちの合う方は、いつでも聞いてください♡

 

 

(過去の放送はこちらから聞けます)